なぜWWII前後のイギリス航空機は「英国面」か (part 2)

 さて、前回の話で、シャドー計画に非常に消極的であったと話したロールスロイスだが、「マーリン」の開発でまたもや壁に突き当たる。「マーリン」は今までの平時の感覚で設計された発動機であったため、熟練工の手作業に頼らぬ量産を進めた結果、「マーリンI」で65%、「マーリンII」で80%の不良を記録したアルミ合金のクランクケースをはじめとして、大量の不良部品の山を抱える事となり、1937年には大量の受注を抱えながらも生産を絞らざるを得なくなってしまっている。

 航空省は要求にこたえられないロールスロイスに「シャドー計画」への協力を求めるものの、相変わらず経営陣は消極的で、自社の新工場建設で対応しようとこころみる。これによって建造されたのがクルー工場で、製造工程の見直しが進み、専用工作機械の導入が開始される。新工場建設は航空省にとっても分散疎開という点で歓迎すべきことであったため、この作業はスムーズに進み、建造完了後は、いきなりダービー工場の生産数を上回る量を送り出している。

 しかしながら、ドイツとの戦争の可能性がほぼ確実かつ間近であると考えられるようになると、さらに増産の要求は強くなり、クルー工場による量産体制でも間に合わない事態となった。しかしながら、ロールスロイスはこのような状況でありながらなお「シャドー計画」に消極的であった。その理由としては、もはやそんなことを行っている場合ではないような技術流出に対する警戒のほか、そもそも「マーリン」そのものに大規模かつ長期にわたる需要が見込めないとする判断があった。自社ではすでに「バルチャー」、ブリストルは「セントーラス」、ネピアは「セイバー」と、大馬力の発動機がすでに試作段階であり、小排気で1000馬力程度の「マーリン」はじきに需要がなくなるのでは、という懸念があったのである。

 さて、各社試作発動機の中で、ロールスロイスがもっとも警戒したのはネピアの「セイバー」であった。1930年代にはすでにネピアの発動機ビジネスは瀕死の様相を呈していたが、航空省としては、ネピアなど弱小メーカーの技術者や設備を遊ばせている現状に強い不満を持っており、そのながれでネピア維持のため、新発動機の試作発注を行ったのである。これに応えてつくられたのが「セイバー」であり、こうした技術行政に対して反発したのがロールロイスだった。なぜなら「マーリン」を置き換えるであろう筆頭発動機としては「セイバー」がダントツであったからで、こうした保護政策にあからさまに反発したのである。だが結局のところ、各社の大馬力発動機は自社製品を含めほぼすべてが試作に難航しており、即戦力となるものは「マーリン」しか存在せず、「マーリン」の増産に対するロールスロイスの逃げ場は完全にふさがれることとなる。

 もはや「シャドー計画」に従う以外になすすべが残されていないロールスロイスであったが、こんどは子会社選びに難航することとなる。「シャドー計画」に従うのが遅すぎたため、使えそうな会社はほぼ他社のシャドーとなっていたのである。そこで再び新工場の建設計画が持ち上がる。これがグラスゴー工場で、ロールスロイスの工場ではあるものの、航空省から全面的に指導が入り、半分官営工場のような計画であった。グラスゴー工場は「マーリン」大量生産に特化した生産ラインを持ち、専用の単能機を中心に新しい生産方式の導入が果たされた。これはなにも、効率化を推し進めるという理由だけではなく、もっと切実な、大規模な新工場に採用できる熟練工など、もはやイギリス内のどこにも存在しない、という問題があった。よって、従業員のほとんどは、未熟練、未経験の人材を当てるしかなかったのである。

 こうしてロールスロイスの発動機生産の担い手は職人から未熟練の作業者へと移り変わることとなるのだが、航空発動機の製造において、職人の影が薄くなったのは、職人頼りの良し悪しとは無関係であり、単純に、大増産時代によってもはや職人がいなくなってしまったからなのである。

 さて、こうしてようやく発動機の増産体制が整ったイギリスは、本格的に戦闘機の増産に腰を入れることになるが、「シャドー計画」を実行し、未経験の工場に生産を任せるには、どんな発動機でもよいというわけではない。各社が量産の体勢に入るのにはかなりの時間がかかるものであるから、大量生産を開始しようとした時点で第一線の発動機としての寿命が尽きてしまえば何にもならないし、大規模生産に見合った需要がなければすべてが無駄なのである。この計画に適する製品は、未経験の向上が生産しやすい程度に熟成した「新しくない」ものであると同時に、今後数年間、需要が拡大し第一線で使うことができる「新しい」ものであるという、矛盾した二つの要素が要求されるのであった。

 これは非常に難易度の高い問題であるが、なんにせよ、こういった計画を実行する場合、「標準化」「統一化」といった考え方が非常に重要になる。WWII期間中に煩雑に試作飛行機、試作発動機を開発し続けたイギリスであるが、この試作、失敗作の多さは、矛盾するようだがこの「標準化」、「統一化」の思想と大いに関係があることなのである。


次回、やっと本題です part 3へ続く。


とあるミリオタの覚書

適当にネットの海や各種書籍で得たうんちくを垂れ流すだけのものです。 基本自分で読むために書きます。 どこかで見たような内容が散見されるのはご愛敬。

0コメント

  • 1000 / 1000