ソ連空軍と日本軍　part.2

　緒戦でソ連戦闘機隊の劣勢が確認された後、ソ連空軍は欧州からの熟練パイロットの移動、および戦術の転換を行うことになる。わずか数週間の間に急速な戦術転換を行ったのである。戦記に書かれているような、ソ連戦闘機の戦術が変わった、という記述は全くの事実で、経験によって変わったわけではなく、論理的思考に基づいて組織的に戦術を変更したのである。そもそも、ソ連空軍は日本陸軍航空隊が九七式戦闘機に機種改変しつつあることをほとんど意識していない。つまるところ、九七式戦闘機がI-16同様高速で、かつ格闘戦能力で大幅に上回る強敵であることを知らずに先頭に突入していることがそもそものミスであったわけであるが、それに加え、戦闘機同士の連係動作が日本に比べ稚拙であることも敗因の一つとして認識された。彼らの日本陸軍戦闘機隊への評価は以下のようなものである。

「日本戦闘機隊は新型機を装備し、機上無線を十分に活用して極めて密接な連携を実現している。ソ連戦闘機は無線を活用せず、無線電話の装備も標準化していない。」

　実のところ、日本軍戦闘機が機上無線を十分に活用して空戦を実施したことなど一度もないのであるが、それまでの戦闘経験による編隊間の連係が、ソ連側には「機上無線を活用している」と映ったということである。日本側の記録、戦記からはエースパイロットが各当選を挑んでいたような印象を受けるが、敵側の目からすれば、日本軍は単騎でバラバラな戦闘を行う友軍に対し、「連携がとれていて」「無線通信を活用している」ように見えたのである。

　さて、ソ連側はこういった評価を下しているのに対し、日本側はどういった評価を下しているかといえば、関東軍参謀本部の報告によれば、「今次空中戦を観察するに空中戦等は一騎打的単機格闘戦お連続にして空中戦開始直前の接敵下令以外に特別戦術的頭脳を要せず、むしろ高高度に於ける単機格闘戦の連続に耐する体力気力を絶対必要とし、これが為には元気溌剌たる若き操縦者を最適とする」と述べている。つまりは高高度戦闘に耐えることのできる体力さえあれば、頭はよく使わないので、年とった操縦者は他の機種に転科させ、理想としては、400時間程度の飛行時間を有する操縦者でなおかつ若い者が良いとしているのである。これはソ連の評価と比較すると非常に興味深いものである。また、「精神主義的」「職人芸」「火力軽視」と揶揄される陸軍航空隊であるが、ノモンハンの空中戦で戦闘機隊が優秀な成績を収めたのは操縦者の熟練の賜物というだけではなく、I-16に対して九七戦の性能が優れていたこともある、というのは各戦隊長が認めていることで、空中戦の勝敗というのは、「機材の良否に関することきわめて大なるものあるに鑑み、現機種に満足することなく常に躍進を企図し、常に敵に対し機材の優位を保有するは緊要欠くべからざる事項とす」と報告しているのである。

　そして戦闘機は、もっと高速で高高度性能に優れていなければ今後の敵新型機に対抗できないので、酸素装備は必須であるし、武装も現行の機関銃では敵機へ火災を起こさせるのが困難で、爆撃機の撃墜が難しいため、今後は二〇粍程度の機関銃を装備するのが理想、とまで報告しているのである。こうした報告内容はほぼその後の航空兵器研究方針改正に反映されているため、これを陸軍航空の主流をなす見解とみなすことさえできるのである。